ライフスタイル

他人のやさしさに期待すること、期待してしまうことについて

こんにちは、かきカエル(@kakikaeru1)です。

誰かに優しくしてほしい時、ってありませんか。

それは嫌な思いをした時かもしれないですし、仕事や友人関係で失敗した時かもしれません。または一人で淋しい時や、何となく漠然と不安な時かもしれません。

もちろん、他人の優しさなんていらない、必要ない、そういう考えもあると思います。
他人の優しさに期待するなんておこがましいという考え方もあるし、他人の優しさ無しで生きていけるようにならなければいけない、という考え方もあります。

でもきっと、そのおこがましいと感じる気持ちとか、他人の優しさ無しで生きれるようにならなきゃ、自分は強く生きなきゃとか、自分は強くならなくてはならないという気持ちは、とても負担が大きい場合もあります

強くなるためにはそういう気持ちも大切です。
しかし逆に、知らず知らず無理をしてしまう場合もあります。
強くなれば何もかも上手くいくわけではありません。
時には、他人の優しさに触れること、求めることは悪いことではありません

穏やかな気持ちになれるし、前向きな気持ちになることができます。他人の優しさに期待すること、他人の優しさに寄り掛かることがあるのは、普通のことなのです。

人は他人を思いやれる。その気持ちが世の中に溢れている。

人は他人に優しくしたいと思うものです。
その他人とは、家族や友人かもしれないし、赤の他人かもしれない。
困っている人がいれば何とかしてあげたいと思ったり、辛そうにしている人がいれば手を差し伸べてあげたくなったりします。
それは他人を思いやれるからこその感情だと思います。

譲り合ったり、「ありがとう」と言って感謝をしたり、辛そうにしていたら声を掛けて挙げたり。
優しさの種類はたくさんあって、多くの人、ほとんどの人が優しさを持っています。

みんな優しさが溢れている方が良いという事を知っています。
その方が良いと思っています。
そうした優しさによって社会は支えられているのです。

他人の優しさに期待することを、良くないことと感じる

優しさは強要するもの強要されるものでありません。
それは価値観の押し付けになってしまうだけです。

しかし、優しさに触れようとすることは悪いことではありません。

人は弱い生き物だし、嫌なことがあった時や、一人でいることが辛いときはあります。
そういう時は落ち着きを与えてくれる家族に会ったり、友人や知人にあったりして、ただ何気ない話をするだけでも救われることがあります。

他人に優しさを求めることは良くないと考えてしまうかもしれませんが、人はお互いに支えあって生きることしかできないもので、そしてそれは優しさに関してもも同じだと思います。

辛い時や失敗したは他人に優しさを求めてしまうこともあるし、でもそれは悪いことじゃなくて、前に進むためにその優しさが必要な時もあるのです。

人がお互いに支えあうことで社会は成り立っています。
そうして優しさを受けた人も、いつかは誰かを同じ優しさで支えることがあるはずです。

優しさを求めることで相手が負担になるかもしれない

ただ気を付けなければいけないこともあります。
優しさを求めることで、その相手が負担にならないようにしなければなりません。

また他人に優しくする場合、本当にその人のためになっているのかも考えなければなりません。人は優しさに慣れてしまうと甘えてしまうこともあるからです。

さいごに

他人に優しさを求めてしまうことはあります。
求められていることを感じることもあります。

誰でも辛い時や苦しい時はあって、どうしても辛い時は、他人の優しさに触れること、求めることは悪いことではありません。

それはきっとお互いさまで、いつか辛い思いをしている人を見かけたら、優しさを求めている人がいたら、手を差し伸べてあげて下さい。