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春は何だか、だるい・・|環境が変化する春に思うこと

どーも、かきカエル(@kakikaeru1)です。

春が来ると、嬉しい反面、何だか頭がぼーっとしてしまうこと、ないでしょうか。
かきカエルは毎年、春になると頭がぼーっとしてしまうのです。

かきカエルは毎年のように、春にしか感じないこの独特な感情について、ぼんやりと考えてしまうのです。
今回はそのぼんやりを少しだけ文字にしてみようかなと、思います。

気温が上がってきて、何となく頭がぼーっとする?

春は、寒くて長い冬が終わり、ゆっくりと、徐々に気温が上がってきます。
熱いとまではいかないんですが、寒さが緩む感じ、といいますか、
そうすると何となく心も緩むような気がしてくるのです。

頭がぼーっとしてしまって、いつも眠いような、やる気が出ないような、そういう感覚に襲われるのです。

皆さんはどうなのでしょうか。

こういう時は、何をしても身が入りません
睡眠時間は取れているのに、昼寝がしたくなったり、仕事のやる気がなくなったり、
春になると、強制的に身体と心も春使用でオフになってしまうような感覚です。

でも毎年思うことは、これで良い、ということ。
人の心なんて、きっとそうやって山あり谷あり、浮き沈みがあって良いのだと思います。
これも春を楽しむことの一つだと思えば、そんな体調だって愛おしく思えてくるものです。

ということで、本日も遠慮せずにぼーっとしていきましょう

世間が何となくふわふわしていること、浮足立つことに違和感

温かく気持ちよい気候になり、気分があがってくる、ということがあると思います。
梅や桜の花が咲き始めたり、植物の葉が生えてきたり、芽吹いてきたり。

何となく明るい雰囲気に包まれるようになってきます。
世間でもお花見の話が出始めたり、学校なんかは春休みがあったり、徐々に世間に楽し気な雰囲気が漂い始める季節です。

でもちょっとだけ、そこに違和感を感じること、ありませんか。
ちょっとの違和感。
なんか世間が、ふわふわとしているような印象。

そのふわふわする感じは、かきカエルはとても大好きではありますが、
世間全体がそうなっているように感じるので、気を付けないといけないな、と思うのです。
そんな春特有のふわふわする感じは、とても短期間のもので、一気にぶわっと浮足立つことに、違和感を感じてしまうのです。
疲れてしまうのです。

春の終わりのだるさ、憂鬱さは、そのふわふわした感じが終わるからなんだと思います。

春だから、浮足立つ。ふわふわする。もちろんそれで良いのですが、
できればそれだけではなくて、春だけ、短期間だけそうなるのではなくて、一年中、季節の変わり目を楽しむような、常に少しだけ浮足立っているような、そういう感覚を持っていたいなと思うのです。
その方が幸せな気がするからです

春が来ると感じる違和感は、このあたりのような気がします。
春だからといってふわふわし過ぎないように、ほどほどで行きましょう。
でないと、春疲れ、してしまいます。

花粉のニュースは辛い

「花粉の量は例年の〇〇倍」というニュース、多くありませんか。
街中にはマスクをする人が増えると、花粉の季節が始まったんだなと思います。

もちろん、花粉症で多くの方が苦しんている姿をみると気の毒に思います。
花粉症が無くなればよいなと、本当に思います。

ただ何倍かどうか、という数字を聞くと、とても苦しい印象を受けてしまいます。
いつもの何倍も苦しむのか・・・というような。

なのでシンプルに多いのか、少ないのか、だけでもいいんじゃないかなと思ったりします。
その数字のせいで、心理的な辛さが増しているような、そんな気がしてしまうのです。

花粉のニュースを見ると、春は自然が活発に動き始める季節なので、春が来るんだなー、とも思います。

自分もいつ花粉になるか、分かりません。
ただその際は、自然と共存するしかないなー、と思ってます。

分かれが辛い/人間関係がかわることが負担

春は、終わりと始まりの季節という印象が強いです。
仲の良い人と別れなければいけなかったり、
また新たな人との出会いは、新しい人間関係を育てなければなりません。

しかしこれ、年齢を重ねるごとに徐々にしんどく感じるようになってしまっています。

別れは仕方ありません。
出会いがあれば、別れもありますし。お互いの今後が幸せになればよいと思いますし、出会えたことは、とてもかけがえのないことと思うことができます。
別れた後も、会おうと思えば会うこともできます。
別れは年を重ねれば、徐々に慣れるような気がします。

しかし新たな出会いは、徐々にハードルが上がっていく印象があります。
とても良い人間関係になれば、幸せなのですが、そうでないこともあります。そこに到達するまでにとても労力が必要になのです。

なので何となく、年を重ねるごとに深く人と接しないようになっている自分がいます。
そのことに気づいてしばらく経ちますが、良い面あるし悪い面もあるのも分かっています。

でもひょっとしたら、歳をとればとるほど、その出会いに敢えて飛び込むことが必要なのかもしれません。
歳をとると視野が狭くなる原因の一つのような気がします。

新生活が不安(物理的にも、心理的にも)

春は、多くの人が新生活をスタートさせる季節です。
新しい学校、新しい生活環境、新しい仕事、新しい友達。

どれも初めてのことが多いのでとても不安だと思います。
不安とは何なんだろうと考えると、やはり「知らないこと」何じゃないかなと思います。

知らないから不安。でも知ってしまうと意外と大したことがないな、とか、慣れたら平気だなー、と感じたりします。

ということはこの新しい不安は、いずれは慣れて無くなるものなんだと知っていれば、
大した心配ではなくなるのです。

自分の時もそう思うようにしています。
知っているか知らないかは、大きな差ですが、知ってしまえば大したことが無いと思うことがほとんどです。

不安は克服できる可能性が高いことを客観的に意識して、楽しむのが良いと思います。

さいごに、やはり春が苦手

さいごに、上記をひっくるめて思うことは、「やはり春が苦手」ということ。
でも「苦手でもいい」んです。
苦手なことなんて、いくらでもあります。

苦手なことだって、自分の一部、生活の一部です。

なので春はひっそりと、ぼんやりと、やり過ごします。
春はこういうことを考えさせられる季節なので仕方ありません。

幸い春は、ぼーっとしているうちに通り過ぎていくのが救いです。。。